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前橋地方裁判所桐生支部 平成9年(ワ)13号 判決 1999年5月26日

群馬県新田郡<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

樋口和彦

大阪市<以下省略>

被告

フジチュー株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三﨑恒夫

主文

一  被告は、原告に対し、一二三五万三四〇〇円及びこれに対する平成八年八月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項について仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、二一五八万九〇〇三円及びこれに対する平成八年八月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

及び右1につき仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、商品先物取引の受託を業とする商品取引員である被告との間に商品先物取引の基本委託契約を締結し、金、白金、ゴム及びとうもろこしの先物取引を継続してきたが、被告従業員による右契約締結から個々の商品先物取引に関わる勧誘、対応等の一連の行為が不法行為に当たり、それにより一八五八万九〇〇三円(右取引の手数料合計二二四五万一二四〇円並びに消費税及び取引所税の合計額から右取引に係る益金合計四五八万八五〇〇円を控除した金額)に弁護士費用三〇〇万円の合計二一五八万九〇〇三円の損害を被ったとして、同額及びこれに対する右契約終了日である平成八年八月三〇日から年五分の割合による遅延損害金の損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

被告は、東京工業品取引所、東京穀物商品取引所等に所属する商品取引員で、右各取引所における貴金属及び農産物等の商品先物取引の受託等を目的とする会社であり、原告は、大正九年○月生まれの男性で、教員として稼働した後、実家の農業を継ぎ、戦後養豚業も行ってきたものである。

原告は、平成七年三月二六日、被告従業員Bの勧誘により、被告との間に、商品先物取引の基本委託契約を締結し、同月二七日から平成八年八月三〇日までの間、右Bら被告従業員の勧誘、関与の下、別紙「取引経過一覧表」記載のとおり、被告に対し、東京工業品取引所、東京穀物商品取引所の金、白金、ゴム及びとうもろこしの先物取引の各委託をし、同各取引により、「売買差金」、「委託手数料」、委託手数料、消費税及び取引所税を控除した「差引損益」各欄に記載の各金額が生じ、同先物取引終了により、別紙「損益金一覧表」記載のとおり合計一八五八万九〇〇三円の損失が生じた。

三  主たる争点

1  被告側には、商品先物取引の基本委託契約の締結から委託者との間の個別取引受託業務の遂行過程において、次のとおりの遵守義務又は禁止事項が存するか。

右各過程における被告従業員らの原告に対する態度、対応等は、次のとおりのものであったか。

(一) 適合性原則違反(不適格者勧誘)

商品先物取引の受託を業とするものは、商品先物取引の複雑で投機性の大きい性質から、その委託者について、これに関わる経験、知識及び資力を備えているか、その適格性を判断して、その適格性に欠ける者には、この取引に参加させないように配慮する義務がある。この趣旨は、社団法人全国商品取引所連合会の定めた「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」(以下「取引所指示事項」という。)、社団法人日本商品取引員協会の定めた「受託業務に関する規則」(以下「受託業務に関する規則」という。)の第五条、その第七条により、各商品取引員である取引受託を業務とする会社において定めるものとされている受託業務管理規則につき、右社団法人全国商品取引所連合会が参考例として作成した受託業務管理規則例(以下、これを「受託業務管理規則」という。)にそれぞれ規定されている。

原告は、相場変動要因を知る術を持たず、これを知ってもそれを的確に分析をする能力のない商品先物取引について未経験者であり、余裕資金もないものであり、右の適格性を欠く者であったが、被告側の従業員は、これを考慮することなく、強引かつ執拗に先物取引の委託を勧誘した。

(二) 説明義務違反(危険性不告知)

商品先物取引は、総取引額を少額の委託証拠金で処理し、専門的、技術的な手法により運営される複雑な仕組みとなっているもので、拠出資金を大きく上回る損失を生じる高度の危険性を有しているものである。商品先物取引受託を業務とする者において、このような取引を勧誘する場合、その仕組み、相場性等、その変動による損失の危険、その対処策等を十分に説明し、その理解を得るべき義務を負っているものである。この趣旨は、取引所指示事項1(3)、受託業務に関する規則五条(2)等にそれぞれ規定されている。

被告の従業員は、原告に対し、商品先物取引についての十分な仕組み及び危険の説明をせず、原告が商品先物取引の基本的な理解に至る前に商品先物取引を開始させた。

(三) 断定的判断の提供の禁止

商品先物取引にあっては、顧客に対し、利益が生ずることが確実であると誤解させるような断定的判断を提供してその委託を勧誘してはならない(商品取引所法九四条一号)。

被告の従業員は、原告に対し、利益を生じることが確実である旨の断定的判断を提供し、原告の商品先物取引についての理解を妨げて誤解を誘導し、また、その冷静な判断を妨げた。

(四) 新規委託者の保護懈怠(過大な取引)

商品先物取引の投機的本質からすれば、委託者の冷静な判断力を保持する意味から、生活資金に食込まない範囲での余裕資金をもってかつ予想外の損失に備えての資金を残しておくことを念頭において取引量を決定すべきである。全国商品取引所連合会の定める受託業務指導基準Ⅳは、商品取引員は委託者の保護育成を図り、そのための措置等を社内規則に具体的に定めこれを遵守すべき旨、受託業務管理規則は、商品先物取引の経験のない委託者又は商品先物取引の経験の浅い委託者並びにこれと同等と判断される委託者については三か月の習熟期間を設け、同期間内の取引量を相応の範囲内にすべきものとし、相応の取引量の上限は二〇枚とする旨等の過度な取引を抑制する趣旨の定を置き、受託業務に関する規則の四条も同趣旨の規定をしている。

本件においては、取引開始時の平成七年三月二七日から金一〇〇枚の大量取引がなされ、その後短期間の内に大量の取引がなされるに至った。

(五) 無意味な反復売買の禁止(ころがし)

無意味な反復売買の勧誘、受託は、委託者がたちまち多額の手数料を負担することになり、違法である。受託業務指導基準Ⅳ、取引所指示事項2(1)は、この禁止を規定している。

本件においては、無意味な反復売買が極めて多数回実行されている。

(六) 両建

同時に買建と売建がなされている両建は、相場感の矛盾であり、一方の建玉で利益が出ても、他方の建玉でその分損失が出るので、委託者が手数料を二倍負担することにはなっても、重複する分は取引しないのと同様である。

本件では、取引当初から、被告の従業員らから「損を防ぎたければこれしか方法はない。」旨等の欺瞞的な説明により、原告がその旨信じて、両建がなされ、その後取引終了まで極めて多数回の両建がなされている。

(七) 無断売買、一任売買

委託者から一定の事項について指示を受けずに委託を受けること、委託者の指示を受けずに顧客の計算で取引を行うことは商品取引所法九四条三号その他で、禁止されている。

本件においては、全く原告に指示を受けずになされたか、原告の指示というべきもののないまま取引がなされたものである。

2  右1の認定を踏まえて、被告従業員の原告に対する不法行為による被告の使用者としての民法七一五条所定の不法行為が成立するか。

第三当裁判所の判断

一  成立に争いのない甲第一号(原本の存在及びその成立について争いがない)、第二号証(同括弧書)、第一〇号証、第一二号証、第一四号証、第一六号証、第一八号証、第一九号証の一ないし四、第二〇号証、第二一号証、第二二号証、乙第一号ないし第八号証、第九号証の一ないし一〇二、第一〇号証、第一一号証、第一七号証の一、二、原告作成部分につき成立に争いのない乙第一五号証、証人Bの証言及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一三号証、第一四号証、第一六号証、証人Cの証言により真正に成立したと認められる乙第一八号証、弁論の全趣旨により原本の存在及びその真正に成立したと認められる乙第一二号証、証人D、同B、同Cの各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりの事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  原告は、大正九年○月出生し、青年学校教員養成所を卒業して、一年半ほど青年学校で教師をし、その後、家業の農家を継いで農業に従事し、養豚業を始めて、民生委員や農業委員の役職も歴任し、現在その長男とともに養豚業及び自然農法の農業に従事している者である。そして、その資産は、居住用の土地、建物、農地約二町と山林を有し、本件先物取引開始前には、預貯金約三三〇〇万円を有していた。

原告は、その資産運用として養豚関係の会社及びNTTの各株式を取得したことはあるが、本件先物取引開始前に商品先物取引をしたことはなく、右養豚業の関係で原告が設立し初代組合長となった協同組合の関係で、穀物事情の視察としてアメリカ合衆国の穀物商社を訪問して、その穀物事情等を視察した経験を有するものである。

2  原告は、平成元年ころからの経済事情の変動等により、貨幣価値の急落に不安を抱き、将来老後の資産の確保につき、金の保有を考えるようになり、平成七年三月ころ、友人のD(以下「D」という。)から、金の購入、その手数料が安くなる旨の話を聞かされた。原告は、右話を詳しく聴くべく、平成七年三月二五日夕刻、D方を訪問し、Dから、同人方を訪問していた被告の従業員であるB(以下「B」という。)を紹介され、その中で、資産としての金に関心があり、一〇キログラム程の量の保有を考えている旨述べた。これを受けて、Bは、金の取得方法として、地金商からの購入、被告会社からの店頭販売、東京工業品取引所からの現物の受渡しの各方法があり、その手数料は右記載の順に安くなる旨具体的な数字を挙げて説明した。Dは、被告の外務員であるBを介し、すでに金の先物取引を、買建玉により始めていたところ、その時期、商品先物取引市場では金は値下がり傾向にあり、売建玉をしており、下げ止まったところで、買うほうが良い旨話をしていた。この経過から、原告は、Bから更に説明を受けることとした。

Bは、翌二六日、原告方を訪問し、原告に対し、前日の話題を受けた話や、商品先物取引の話をし、原告は、身近な穀物相場のことなどで、その説明に応対していた。Bは、この説明の場で、原告の資産等について、尋ねることはなく、原告の話しに出ていた保有を希望する金の重量が一〇キログラム程であり、同量の金が当時の価額にして一五〇〇万円程になることから、一五〇〇万円位の投資ができ、それが余裕資金の半分ほどであろうから預貯金は三〇〇〇万円程であろうと自身推測していた。

Bは、同日、原告との話しを経て、原告に対し、東京工業品取引所、東京穀物商品取引所等の商品市場における取引の委託をする旨の委託基本契約をする旨等を記載した約諾書用紙を差し出して、原告は、これに署名押印した。Bは、この際、原告に対し、商品先物取引委託のガイド(乙第三号証)、商品先物取引委託のガイド別冊(乙第四号証)を交付して、その内容を説明し、右委託基本契約の内容となる受託契約準則記載冊子(乙第二号証)を交付し、読んでおくように話した。Bは、その場において、原告に対し、前記のとおりのDの話において金の値段が下がり傾向にあることや、その旨の説明をし、当面金を売って安くなったところで買い直して利益を上げて、その利益を加えて金を保有したら良い旨、原告が一〇キログラム程の金の保有を希望し、同重量の金の価額が当時一五〇〇万円程であることから、その半分の金額当たりから取引を始めるのが良いとして、委託証拠金七五〇万円を要する金一〇〇枚の先物取引の話がなされ、原告はこれに応じ、この委託証拠金は、翌日支払うこととされた。Bは、当日、原告方に二時間三〇分程在宅して、原告方を退去した。

Bは、翌二七日、原告方で右委託証拠金七五〇万円を受領し、Bの持参したところの、商品先物取引のしくみ等を理解し、その危険性を承知し、相場の変動により利益も損失もあることや、委託追証拠金制度を知っており、自己の判断と責任で、東京工業品取引所の貴金属について建玉枚数を一〇〇枚以上要請する旨等記載された建玉要請書用紙に、原告が署名押印して、建玉要請書(乙第一五号証)が作成、交付された。これにより、同日、金一〇〇枚(一〇〇キログラム)、取引総額一億九九〇万円の売建玉の取引がなされた。

当時、被告においては、新規委託において金二〇枚を上回る量の取引受託は、担当上司による事前の許可が必要とされていたところ、Bにおいては、二七日に原告から金一〇〇枚の取引受託をし、作成交付を受けた右建玉要請書(乙第一五号証)を同日帰社して作成した受託調書(乙第一六号証)とともに、会社担当上司に提出した。

3  Bは、平成七年七月三一日、原告に対し、電話で、金が大幅に値上がりに転じ、これに対応するには、専ら両建が相当である旨の説明をし、原告から、同一限月の金一〇〇枚買建の受託をし、委託証拠金七五〇万円を翌日原告方で集金することとした。

Bとその上司である被告従業員のC(以下「C」という。)は、右集金のため、原告方を訪問し、右七五〇万円を受領するとともに、以後の取引受託等について、右Cが原告との連絡、説明に当たる旨の話がされた。

4  その後、Cが、原告からの取引受託の連絡、事務を行った。被告は、原告からの右各取引受託により各取引を行い、その取引の都度、委託売付買付報告書及び計算書(乙第九号証の一ないし一〇二)が送付されるとともに、各月毎に被告から残高照合通知書が原告に送付され、原告はこの確認葉書を被告に送付するか、後記のとおり残高照合通知書に確認の記載をした。

原告は、平成七年四月中、D方において、顧客Eとの先物取引受託の相談のため同人方を訪問したCと顔を会わせた。その後、原告は、同年四月中、Cに電話連絡して、群馬県山田郡大間々町内の飲食店でCと会い、取引状況の相談をした。原告は、同年六月中、D方で、右同様の状況で、Cと顔を会わせ、同年七月中、○○町内の飲食店でCと会い、取引状況の相談をし、それまでの取引の内容、その時点での価額、委託証拠金等を記載した残高照合通知書を示され、この内容に相異ない旨記載した。原告は、同年九月中、D方近くの喫茶店でCと会い、委託証拠金二五万円を交付するとともに、取引状況の相談をし、右同様に、その時点の残高照合通知書を示され、この内容に相異ない旨記載した。原告は、同年九月中、D方で、そこを訪問していたCとその上司の被告従業員Fと顔を会わせ、Cから、同人は転勤することになり、同Fが原告との取引受託の連絡をすることになる旨告げられた。以後、Fが、原告の取引受託に関する事務の勧誘、連絡をするようになった。

本件取引受託の経過は、別紙取引経過一覧表のとおり(なお、売り、買い各欄の「番1の50切」等の記載は、「番号1の50枚仕切」の略記であり、以下、同様の記載趣旨である。)であり、その委託手数料額、個々の取引における損益金、売(買)委託手数料及び買(売)委託手数料の仕切決済時の控除額、消費税及び取引税を併せた差引損益の額、それらの損益の帳尻累計額、帳尻累計額から委託証拠金勘定への移動、委託証拠金累計勘定から帳尻累計額への移動は、各「売買差金」、「差引損益」、「損益累計」、「預託証拠金累計額」各欄、備考欄の各入金記載及び各欄の金額移動のとおりであり、原告訴訟代理人である樋口和彦弁護士により、本件基本委託取引の終了措置がなされ、同取引終了により清算金として返戻金九七万七九九七円が被告から原告に支払われた。

二  各争点の検討

1(一)  適合性原則違反(不適格者勧誘)

右の趣旨の禁止については、先物取引という高度の投機性を有する取引の性質上、その委託を受けて取引に当たる商品取引員としては、取引所指示事項、受託業務に関する規則が各規定する委託者保護の趣旨に従い、委託勧誘者につき、その能力、経験、資力、投資の動機等の把握に努め、その知り得た情報から、商品先物取引に適応しないと判断できる者への勧誘は謙抑すべき義務を負うものというべきである。

前記認定のとおりの原告の年齢、経歴、資産に、Bの原告の資産状況等の把握の態様等によると、Bは、基本取引委託勧誘者の資産をその推測により把握しただけで、その客観的な余裕資産、先物取引の経験、その資質、経歴の把握をしておらず、また、その把握に努めた様子はうかがえない。すると、右認定によれば、原告の預貯金額の把握において、Bの推測は大きく外れてはおらず、結果的に資産上の不適格者となるべき者への勧誘及びそのような者との基本取引委託契約の締結に至ったとまでは断定し難いものの、右規制及び取引者保護の趣旨を遵守する姿勢に欠ける勧誘態度であったことは否定できないところである。また、原告においては、一定量の金を取得しての蓄財に関心があり、金の先物取引による利殖をその目的としていたわけではないところ、前記認定のとおり、Bはこれを認識しながら、右蓄財のために、先物取引による利殖をもってすることを勧めているものであり、このような先物取引の勧誘は、原告の意図に適する相当なものであったか疑問である。

(二)  説明義務違反(危険性不告知)

右の趣旨の義務については、先物取引という高度の投機性を有する取引の性質上、取引所指示事項、受託業務に関する規則の各規定の趣旨に照らし、基本取引契約締結に先立ち、商品先物取引の仕組み、そのハイリスク、ハイリターンに伴う危険の大きさについて、勧誘者の応答する態度のみに依拠することなく、その能力、経験等に相応する商品先物取引の説明を、交付の義務付けられている受託契約準則、先物取引の仕組み説明書等の説明と併せて、基本事項から尽くし、これらを理解するだけの余裕ある期間を置いて、右契約を締結すべき手順を踏むべき義務として、これを負うものというべきである。

前記認定のとおりの事実によると、Bは、原告に対し、平成七年三月二六日に商品先物取引の話題に入り、同日中に約諾書の作成に至りながら、商品先物取引委託のガイド、商品先物取引委託のガイド別冊を、当日交付して、その内容を説明し、右委託基本契約の内容となる受託契約準則記載冊子はこれを交付し、読んでおくよう指示したというものであり、これと基本取引委託契約締結に至るまでのその他の事実経過に照らしても、右義務の内容を尽くしたとは言い難いものである。

(三)  断定的判断の提供の禁止

右趣旨の義務については、商品取引所法九四条一号により存するところ、被告側従業員から、個々の委託取引勧誘につき、断定的判断の提供がなされたとの事実は、本件全証拠によるもこれを認めることはできない。

(四)  新規委託者の保護懈怠(過大な取引)

右趣旨の義務については、本件受託取引開始当時、被告において、新規委託取引について金取引量を二〇枚に制限し、それを上回る場合は、勧誘担当従業員の上司がこれを審査の上、相当か否か許可を受けるべき旨の規制が存し、現時において係る内部規制は存しないとしても、右受託業務管理規則の趣旨及び商品先物取引の前記性質に照らし、前記のとおりの説明義務の趣旨の延長にあって、その知識、経験の集積による自主的判断の育成の見地からする委託者保護の趣旨から、新規委託者には相当期間、その委託取引額が、相当の範囲に制限されべきものとする見解は相当であり、取引受託を勧誘する被告従業員においては、これに留意して、顧客のために、その取引額を配慮し、その顧客の資力、経験、能力に応じた相当な勧誘をする善管注意義務を負うと解するのが相当である。

前記認定のとおりの事実によると、初回三月二七日の取引受託につき、原告資産、経験等について被告側が推測した内容から、金一〇〇枚という多量、高額な取引の勧誘をし、また、この取引量、額の当否に関する配慮については、当時の規制枠からする相当数の許否決済手続における態度からして、関心が薄かったとうかがわれ、右義務を尽くしたとは言い難い。そして、続く、三月三一日の説明、勧誘態度、結果としての取引受託の量も、同様に右義務を尽くしているとは言い難いものである。

(五)  無意味な反復売買(ころがし)

右のとおりの売買を控えることは、取引受託につき善管注意義務を負う受託者として当然のものであるところ、取引経過一覧表の取引事情を検討し、原告が買(売)直し、途転として指摘する箇所について、その旨の指摘は認められるが、無意味な反復売買を勧誘したとの事実はこれを認めることはできない。

(六)  両建

両建については、予想に反する相場の変動に対し、被告指摘のとおり、①手仕舞いによる損失確定、②追加証拠金を負担することも覚悟しての既存の建玉維持、③豊富な資金により大量に反対建玉をして相場動向を変動させるいわゆる難平、④既存の建玉に対応する反対建玉をして一時的に損失額を固定し、その後の相場変動により対処する両建という相場手法等のなかから、当面具体的な損失を見ることなく、一方建玉のみの場合の不安を和らげ、追加証拠金の負担を免れる、結果先送りの暫定的な措置として選択されるものと理解され、取引手法として、一概に有害、無意味で、違法なものであるとは断定しがたいものである。しかし、この両建には、それまでの建玉の手数料と同額の委託手数料や委託証拠金の拠出をするという負担と、その手仕舞いの時期、判断を誤った場合、その損失の危険も大きくなるという側面が伴うことは否定できず、この手法の選択は、十分な説明、理解のもとに慎重になされるべきものであり、その回数も抑制されるべきものというべきである。

前記認定のとおりの事実及び関係証拠によると、初回取引時に原告にとって高額というべき金一〇〇枚の売建玉がなされ、間もなく両建の状態となっているところ、この両建について、Bから、原告に対し、電話で、相場の変動が伝えられ、専ら両建の説明がなされ、右のとおりの選択手法、危険性の説明は十分なされることのないまま、売建玉と同額の買建玉を原告から受託し、翌日、場節1312で、右取引がなされるとともに、Bとその上司が、同日、午後五時ころ、原告方を訪問して、その委託証拠金七五〇万円を受領しているものである。この両建が、その時点において取られるべき措置としてやむを得ないものであったとしても、前記過大な取引というべき売建玉の枚数と相まって、更に同量の過大な買建玉を導くことになったもので、原告の資金一五〇〇万円が各委託証拠金として、先物取引の不確定な相場の世界に供されることになり、以後この拠出金を基に、各取引委託がなされているものであり、三月二七日の売建玉、同月三一日の買建玉自体は、結果的に利益を上げていることが認められるところ、前記認定のとおりの原告の状況、取引の経緯、経験に照らすと、両建となる建玉の取引受託につき、その売建玉の枚数の相当性と相関連して、その相当な指導、勧誘方法を過った不当、違法なものであったというべきである。

それ以降の建玉についても、両建と評すべき箇所が三二個認められ、被告主張のとおり、相場に応じて頻繁に細かい取引をすることによる益金の確保という手法が是認できても、右のとおりの恒常的な両建状態からの細かい取引を勧誘し、これを維持してゆくことは、取引受託者が委託者保護の趣旨から取るべき対応、態度として、両建の手法の指導、勧誘の在り方を過った不当、違法なものというべきものである。

(七)  無断売買、一任売買

右行為は、商品取引所法四九条三号の規定から禁止されるべきことは明らかであるところ、本件全証拠を検討するも、右行為に該当する事実はこれを認めることはできない。

2  右1のとおり、被告従業員が遵守するか、違反してはならない事項に反する不当、違法な行為が認められ、当初の基本委託契約の勧誘に始まり、それに基づく個々の委託取引は、その不当、違法な個々の勧誘行為と関連し、その影響、延長にあるものというべきであり、被告従業員らの本件の各取引勧誘行為等を全体として観察すると、本件全取引に及ぶ違法な勧誘行為がなされたものというべきである。すると、被告従業員らによってなされた全体として不法行為となる本件取引委託勧誘行為について、被告の事業の執行につきなされたことは明らかであるから、被告は、本件取引委託勧誘行為により原告が被った損害を賠償する義務を負うものである。

3  被告が賠償すべき損害額を検討する。

(一) 原告の被った損害について

原告は、前記認定のとおりその資産である現金合計一九五六万七〇〇〇円を本件先物取引に供し、本件委託取引終了により九七万七九九七円の返戻を受け、その差額一八五八万九〇〇三円分の損失が生じたものである。この損失については、前記1(一)のとおりの不適格者の勧誘に関する事項に始まり、これに繋がる過大な取引、これに対応する両建とその結果としての更なる過大取引、この取引額、拠出証拠金を基にした多数の両建、続く取引から生じた因果関係ある一連の各取引の経緯から生じたものであり、違法な本件取引委託勧誘行為により原告の被った損害は右損失額一八五八万九〇〇三円というべきである。

(二) 過失相殺

前記認定の事実のとおり、原告は、被告従業員の説明を尽くさない違法な対応から基本取引委託契約の締結に至ったもので、被告側に委託者保護義務の懈怠の存するところ、商品先物取引が投機性の大きな財産損失の危険が伴う取引であることは、一般的に認知され容易に知りうるものであるから、原告の側にも同契約の締結について、その説明を求め、交付された説明資料の理解に努め、余裕ある期間を置くなど慎重な対応が求められるところであり、私的に自由な契約締結行為として、その意思決定における過程での配慮、準備等の不足として、契約の一方当事者としての責任に帰せしめられる一面が存するところである。

新規委託者の保護懈怠(過大な取引)について、一方当事者としての被告に課せられた義務の懈怠が存するところ、先物取引の投機的性質を一応理解していたことを否定できない原告において、自己の資産の運用、処分に関する注意、配慮について、自己責任に帰せしめられる面のあることは否定できない。

両建の態様となる取引委託に及んだことも、これが専門的であり、被告側の説明不足、責に帰すべき事由が大きかったとしても、原告側に、右の説明義務、新規委託者の保護義務懈怠の点において述べたと同様な帰責事由が存することは否定できない。

右のとおりの理由に、商品先物取引の投機的性質、そこには被告側の義務が全て尽くされたとしても大きな損失の危険が存していることなど諸般の事情を考慮し、前記損害について、原告側にも右のとおりの帰責事由が存したものとして、その割合を四割とするのが相当である。

すると、被告が賠償すべき損害額は前記損害額一八五八万九〇〇三円の六割である一一一五万三四〇〇円(一〇〇円未満切捨)となる。

(三) 弁護士費用

原告が本件訴訟代理人弁護士に本件訴訟のための委任をし、その追行がなされたことは、当裁判所に顕著な事実であり、これを本件事案の性質、訴訟の経緯、右のとおりの認容額等の事実を総合すると、弁護士費用として一二〇万円を認容するのが相当である。

(四) 右によると、被告が原告に対して賠償すべき額は、一二三五万三四〇〇円及びこれに対する本件不法行為の後であることの明らかな平成八年八月三〇日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金となる。

三  以上の次第により、原告の本訴請求は、右二3(四)の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六四条、仮執行の宣言につき同法二五九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小原春夫)

<以下省略>

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